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2019.08.12 Monday

鬼灯が手に入らない。

例年ご門徒からいただく鬼灯が未だ届かない。

 

今年は雨が降らないのと、この暑さで黄色くなってダメになってしまったの事。

 

しかし、お盆には鬼灯がないと何故かさみしい。

 

さっそく花屋さんへ出かけてみたのだが、一切入ってこないのだという。

 

スーパーなどでは仏花として組んであるものはあるが、ひと花?が串に刺したような

 

もので、何とも味気ない。

 

本堂の花瓶にはとうてい似合わないし、短か過ぎて使い物にならない。

 

せめて7〜80センチはないと・・・。

 

困ってしまい大垣で一番大手の花屋に出かけてみた。

 

そこには何故か山ほどあってビックリ。

 

品不足で値が張ることもあって、大手の花屋でないとでないと手に入らないらしい。

 

確かに立派で高額ではあったが、救われた思いだった。

 

 (これはお墓用にと小さく切ったものだが、ほんとに立派な鬼灯だった。)

 

 

鬼灯は、ご先祖様がお盆にあの世から還って見えるという言い伝えから、

 

道に迷わないようにとの思いから、灯りに見立てた鬼灯を使い始めたのだという。

 

さらにはご丁寧に赤白の提灯を墓の両サイドに付けるという習慣まであるのは

 

おもしろい。ちなみに初盆のお宅の提灯はを使うという。

 

夏の風物詩としていかにもお盆らしく思えてくる。

 

 

浄土真宗では鬼灯や提灯に拘ることはないが、なぜか鬼灯がないとお盆らしく思えないのは

 

まさにこの地方の習慣としてすっかり根付いているからだろう。

 

 

真宗ではご先祖は諸仏として私たちに常に回向というかたちをとってはたらきかけて

 

くださっていることから、お盆に限らずそのことへの感謝の思いをお念仏としていただいて

 

いるのである。

 

したがってお盆に先祖が還っておみえになるという感覚は持っていないことから、

 

鬼灯も季節の花として、仏花に使っているということになるはずだ。

 

 

よく「お盆経」をお願いしますと言われることもあるが、そういうお経は特別ないので、

 

お盆をご縁として三部経のいずれかを読むことにしている。

 

 

ともあれ、お仏華には見事な鬼灯を菊花に添えて荘厳を終えることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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