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2019.07.21 Sunday

いっぱいのお花をありがとう。

光受寺に一年間を通して、お花を運んでくださるご門徒があります。

 

もう何年もの事ですから、日にち心にかけていただいてるということです。

 

花のない時期にも苦心して持って来ていただいています。

 

そのお心を思うとご申し訳ないなあと、頭が下がります。

 

今日も届けられていました。

 

いつもこうして持ってきてあるのです。

 

 

季節を感じさせる様々な花がとても美しく生き生きとして見えました。

 

さっそく本堂へ活けさせていただきました。

2019.07.19 Friday

中庭の蕗。

蕗の時季はすっかり終わってしまったのですが、

 

中庭に再び群生を始めました。

 

夏の蕗は固いというイメージが強くて、食すには適していないように

 

思いますが、茎に触れてみると意外に柔いことから、筋を取らなくても大丈夫な

 

感じがしますので、収穫?してみようかと思っています。

 

今では以前の面影のない哀れな満天星つつじの下にも結構生えており、一鍋できそうな気がします。

 

食欲の出ないこの時期、この蕗の味覚は食用増進につながりそうで、さっそく収穫いたしました。

 

2019.07.18 Thursday

初物いただきました。

鉢植えのイチジクの木「昔からの蓬莱柿(ほうらいし)」がずいぶん大きくなりました。

 

たぶん根は直接地面に伸びていることでしょう。

 

そしてことしもたくさんの実をつけています。

 

 

冷夏で熟すにはまだまだ時間がかかると思っていたのですが、

 

一つだけ大きくなった実がうっすら色づいていました。

 

 

でもまだ固いだろうなと思って、触れてみたのですが、これがすっかり熟した感覚でした。

 

普通ですとぱっくりと花が開くように実が割れるのですが、割れていないことから

 

ああ、これは腐っている可能性が高いなと思いながら食べてみたのですが、意外にも

 

大変甘いイチジクでした。ただ甘すぎ〜といった感じでこの種類特有の酸味と甘みのバランスは

 

壊れていました。

 

盛りの時季のイチジクとは味は落ちましたが、毎日の楽しみがまた一つ増えました。

2019.07.18 Thursday

老人会で法話

毎年一回法話を聞く機会が設けられているという老人会グループ。

 

当寺でもすでに隔年で5年ほど継続されています。

 

参加者は18名ほどであったが、皆さん熱心にきいていただきました。

 

宗教、宗派それぞれ異なる中で話をするのは毎年苦労いたしますが、

 

こうした機会を大切にしていこうと思っているのです。

 

 

今回は現代社会の抱える問題点を浮き彫りにしながら、それでも「心豊かに生きる」ために

 

仏様の心をいただきながら、感謝の思いをもって生きていきましょう、といったような

 

内容の事を話させていただきました。

 

皆さんとても熱心に耳を傾けていただけたように思えました。

 

 

また来月には、毎年、墨俣町の戦没者のお勤めがここ光受寺で勤まります。

 

こうして寺へ足を運んでいただけることが、住職としての喜びとして歩んできたことから、

 

こうした機会が設けられることを心から歓待しているところです。

 

 

2019.07.15 Monday

閉口する縁起担ぎに、現世利益信仰。

先日葬儀があったが、予定されるはずの葬儀日が「友引」だということで、

 

「一日延ばす」と連絡が入りました。しかたなく承知いたしましたが、まじめに

 

訴えられることに不思議さを覚えました。

 

 

「六曜」は六曜の発祥の地、中国でも最近はあまり言わなくなったと言いますが、

 

日本ではまだまだ相変わらずおかしいくらいに日常生活に根付いています。

 

 

もちろん真宗では全く問題外で、聖人も和讃で「日の吉凶」はないとわざわざ

 

説いていらっしゃいます。

 

 

さすがに役所関係だけは、公に六曜などに左右されていないと思っていますが、

 

火葬場は「友引」はお休みとなっています。不思議ですね〜。

 

 

葬式は「友を引く」という語呂合わせで葬儀は行われず、

 

結婚式は「大安」とされ、吉日として選ばれる。日に吉凶があるとは面白ことですが、

 

こんなことに振り回されて「迷っている」姿は哀れにも思えてくるのです。

 

これを「地獄」というのでしょう。

 

 

大安に結婚すれば間違いなく一生幸せな結婚生活が送れると信じているのでしょうか。

 

方角に悪い良いがあるのでしょうか。

 

車のナンバーがよければ事故を起こさないのでしょうか。

 

こんなことばかり気にかけているのが私たちです。

 

 

仏教では「因果の道理」を説きます。極端な例をあげれば、人間が死ぬのは

 

人間は生まれたから死ぬわけです。

 

病気や事故で死ぬわけではありません。病気や事故は「縁」としてあるのみなのです。

 

 

真実を見る目をいただいて生きましょう。

 

きっと心から幸せに思える人生が開けてくるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.07.10 Wednesday

初物

夕飯のご飯の量が少々足りないということで、そうめんを2把茹でることにしました。

 

具には普段は生姜とネギが定番ですが、ふとミョウガがそろそろ出てくるころ?と思い、

 

庭の片隅に群生しているミョウガの葉の下を探っていると、小さなミョウガが

 

ひょっこり芽を出していました。

 

 

小さな親指ほどのミョウガですが、ちょっとした感動をいただきました。

 

ミョウガはお吸い物の香りづけに使うのが大好きで、食欲が増進します。

 

田舎っていいですね。

 

先週は大好物のトウモロコシをいただきたらふくいただきましたので、

 

この後はイチジクです。気が大きくなりすぎて植木鉢が爆発しそうになっていますが、

 

今年も実がいっぱいついています。

 

昔ながらのイチジクですが、これがうまいのです。甘みと酸味のバランスが絶妙。

 

楽しみです。

2019.07.09 Tuesday

錯覚して生きている。

豪邸を訪ねるという番組が時々放映されるが、

マンションの豪邸というのが、私にはよくわからない。

 

確かに購入するということになれば、何億とする物件なのでしょうが、

所詮はマンション。

いかに広いと言っても、外から見ればコンクリートで固められたわずかな空間でしかない。

 

家具や飾り物で付加価値を高めて、自己満足しているだけのこと。

私は少しも羨ましいなどとは思ったことがない。

 

人には様々な事情もあるから、どこに住もうと、どんな住まいであろうと

人からとやかく言われることは全くないと思っているが、

あえて豪邸などと紹介されると、「どこが」?などと思ってしまう。

 

私の思う豪華な邸宅となれば、自然と一体化したお屋敷をイメージしてしまう。

そういう意味では「ポツンと一軒家」などに出てくる家は、私には最高の豪邸に

思えてきたりする。

 

ここがまさに価値観の違いであろうか。

 

私はギラギラしたもので飾り立てた世界を美しいと思ったことはない。

質素でも、工夫と知恵に生きる世界にとても惹かれることが多い。

高級大理石で敷き詰めらコンクリートで固められた世界より、苔むして

自然の息吹が感じられる世界のほうが魅力的と思えるのだ。

 

 

 

面白いことに人間は体よく差別をして生きているのではないかと思っている。

車でも料理でも、「他社や他の物との差別化」を、とか言って、それをうまく利用して

購買意欲をそそってくる企業が多い。そして高額や高級のイマージの魔力に見事に踊らされている

私たち。

 

手にする喜びと優越感に浸り、まるで自分までもが偉くなったような錯覚で生きている。

そんな人が多いのではないだろうか。

表面では差別してはいけないと言いながらも、社会全体がどっぷりと差別の罠にはまって

生きている、そんな気がしてならないのだ。

 

これは人間にとって最も恐ろしい現実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.07.02 Tuesday

こんなことあり、ですか。

始めて伺うご門徒のお宅。

ナビを頼りに行ってみると、そこには家がない。

隣の人に聞くと、家を売って引っ越したという。

その隣の人は、全く知らないという。

そこの並びには6軒の家が並んでいる(20〜30メートル)が、

知らないってどういうこと?

 

電話も通じない。引っ越して空き地になっているからか・・・。

仕方なく家に帰って、連絡を待っていると電話が入った。

理由を説明すると、その主も工事をしている家すら知らないという。

 

結局出直していってみたが同じ状況。電話もやはり通じない。

仕方なく再び聞き込みをしようと、一軒一軒尋ねてみると、

先ほど訪ねた家の一軒隣の表札のない家だった。

 

それにしてもこのあたりの人たちの人間関係はどうなっているの?

このご門徒も空き地の事を知っていれば、知らなければ確かめて

そこから3軒目だと報告してくれればよいのに良いのに、ましてや

尋ねたお宅の表札名を言っても主も知らないなんて・・・全くあきれるね。

 

よくよく尋ねてみると、お互いをほとんど知らないという。

町内会の集まりもなく、交流がないということらしい。

町内会長は知っているらしいのだが・・・。

 

それにしても町っていうより、現代社会ってこんなもんですかね〜。

 

ドタバタの結果に腹が立つよりも、血の気が引くようなさみしさを

感じたことだ。

 

主も、おおよの到着時間を見計らって、外に出ていてくれれば、必死でウロウロ

しなくて済むのに、現代人は気遣いもできなくなってしまったのかな〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.23 Sunday

今が旬のアジサイたち。

今年は雨が少なかったようで、アジサイの色もよくないようだったが、

 

光受寺のアジサイは根気に水を与えていたからか、色合いは例年と変わらなかった。

 

そろそろアジサイの時季も過ぎようとしているが、まだまだ旬のアジサイが咲いている。

 

 

 桃色のやさしい感じのアジサイです。

 

 

ばらばらな所に咲いているので、訪れた人にとってはなかなか見つけにくいかもしれません。

 

アジサイの情報は今回が最後になります。

 

 

2019.06.12 Wednesday

しばらくはアジサイ三昧。

三光寺から輪之内町の輪中堤へ。

 

ここしばらくアジサイを訪ねて歩きまわっています。

 

雨間を狙って輪之内へ期待を膨らませていってみました。

 

種類は数少ないのですが、堤の斜面一面を覆うアジサイは圧巻です。

 

ところが・・・・なぜか今年は哀れにも5割以上のアジサイが枯れているようで、

 

咲いているアジサイも色が悪いのです。

 

5月の暑さで水不足だったのでしょうか?あれだけ広いと水の管理はできませんね。

 

とても残念でした。

 

 

ところで、光受寺のアジサイはすこぶる順調に育ち、咲いています。

 

ここしばらくの雨で彩もよくきれいになりました。

 

 

 

 

 

 

次々と小さなヤマアジサイが短い命を精一杯に咲かせてくれています。

 

 

 

 

種類が多いので、毎日が楽しみです。

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